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2013年1月13日 (日)

Peter Zumthor 静かなる建築。

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↑これは、丘の上にそっと置かれた器だろうか?  それとも、天空へ漕ぎ出そうとしている箱舟か?

この小さな木造の家は、スイスのスンヴィッツ村の「聖ベネディクト教会」。

自然光が注ぐ木の葉のかたちの教会は、村びとの信仰の場所。

アルプスの霧に浮かぶ建物の写真は忘れ難い。(芸術新潮より)Photo

居心地のよさそうな教会内部の空間。→

数年前に、

ピーター・ズントー (1943~) .の建築について

書かれてある記事をはじめて見たとき、

さわさわと流れ込んできた感動があって、

それが胸の中にコトンとおさまったのを体感した。

その気持ち良い瞬間の記憶を、忘れないでいたら、

昨秋、まだ見ぬTさんのツィートで、「建築を考える」(ペーター・ツムトア 2012 みすず書房 )を知る。

ピーター・ズントー と同一人物? (独語の読みで、ツムトア。。)31m14e1abl__aa300__2


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そして、この本を手にし、夕暮れどきの思索のような建築家の詩的表現に触れたわけだが、

実際も、ささやくような声で話すらしいスイス人の彼の語りは

物静かだが、内容はかなり熱い。 もうすぐ、写真入りの原書も入手する。

book pen (抜粋)

「建築には建築の存在領域がある。建築は人間の生ととりわけ身体的に結ばれている。

思うに、建築はまずもってメッセージでもなければ、サインでもないのだ。

そこで営まれる生を包む殻であり、背景である。床をすすむ歩みのリズムのため、

仕事に集中するため、眠りの静けさのための、繊細な容器なのだ。」

ノルウェーに作られた「魔女裁判の犠牲者達のための記念館」のかたちも見ていただきたい。

http://www.dezain.net/2012/15523

建物の傍を歩くツムトアの雰囲気のよろしいこと!

13306397106

建築の世界には全く疎いけれど、何だか気になる。。。

ツムトアや、彼の建築について、少しずつ知ってゆこう。

pencil

共にそれを分け合いたかった亡き友、

一級建築士になってすぐに40代で逝ってしまった、美しい横顔の建築家、S子さんを思う。

いつも会って、美術館のカフェでどれほど多くの時間、語り合ったことだろう。

彼女がきっと作ったはずの建築のこと、

ツムトアのことを、語り合えるたったひとりのひとだった気がする。。。

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コメント

昨日はありがとうございました。
また誘ってください。

Mr.中村さま

ヤンマーのピアノが鳴り響くような(笑)、濃くて不思議な会合でしたね。
また、タイトルつけて(?)やりましょう!

あの赤プリが静かに解体されている
建築後たった30年しかたってないのに
一方 伊勢神宮では1300余年続いた
式年遷宮を今年迎える

家庭から茶の間が消えコンクリートとLDK
全盛の現在なにかを忘れてしまったか

建築はまさしく時代の鏡であり
人間の営みそのものです

建築のことにほんの少し携わった者として
考えさせられるこの頃です

東方のBilly さま

年の始めだからって、とてもマジなカキコミ、有難う。(笑)

古代から、本来、人間に宿っているピュアな直観(生きるための野生と呼んでもいいほどの)を
ものを造るひとや、それを使う人が、
どれだけ持っているか、にかかっています。
まがいものがいつの間にか、人の心に及ぼす悪影響は
こわいですね。。。

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