フォト
2016年3月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

« 晩秋-再会。 | トップページ | 龍の地、ブータン。 »

2013年11月30日 (土)

辻井喬 逝く。

私はこの人の詩が好きだった。

11月25日に、86歳で没した辻井喬(1927~)のこころの水面は、その最期に凪いでいたのだろうか。

複雑な出自の運命を背負い、豪放な父を呪い、血脈と闘い、

西武・セゾン・無印、その他の事業経営に手腕を発揮しながら、

同時に、詩人、文学家としての多重な人生を真摯に生きた繊細な男(ひと)。

デザインやアートが一番面白かった70~80年代と、西武が拓いた文化事業とは切り離せない。

Pb300285

book 辻井喬詩集 (1967思潮社) 小説も好きだが、

詩は、特別に深い孤独が滲みでている作品ばかりで、共震することが多い。

「白い馬」 

いつもくる 昼と夜の交代の時刻 

街に静寂が落ち 

車の流れが途絶えると 

僕は見てしまうのだ 

一頭の白い馬が やがて 

ゆっくりと立去るのを 

(中略)

誰か私に教えてほしいのだ

一瞬の静寂に

語りかける樹木も 落ちてくる日射しもなく

レモンの香りだけが

亡霊のようにビルの壁を這う時刻

白い馬の血統と原産地を

僕の幻の馬の行方を

・・・・・

あとがきに、40歳の彼はこう書いた。

「私の場合、詩を書くという動作は、自分の腐蝕度を検査することである。」

一族に渦巻く相克の嵐のなかで生きる男が渇望し、吐き続けたものが文学であり、

奔る力で、重荷を振り切れるものなのか、澄んだ世界を構築しながら、

もうひとりの自分を見つめたのだろう。

この詩集には幸いにも、彼の署名があった。

Pb300288

東大時代に共産党に入党しながら、

のちに経営者にならざるを得ない宿命を背負った堤家の男だった。

時代から逃げなかった事業家。

だが、詩人・作家 辻井喬 として記憶し続けたい。

最近は、原発問題や、特定秘密保護法案についても積極的に意見を表して

25日に特定秘密保護法案の廃案を求める声明文を出していた。(「世界平和アピール七人委員会」より)

sweat02

40年以上前、古本屋で買った堤邦子という作家の「流浪の人」のシャープな文体が気に入って

当時、発行元に著者について問い合わせの手紙を送ったことがあった。

「詳細、所在など全く不明。」。。との回答が来て、

「なぜ?」と、その背景の不自然さに首をかしげた違和感はいまだに忘れられない。

長いときが経った後、辻井喬の、パリに棲んでいた妹であったことを知ったが、

才気あふれる数奇な破綻人生を送った女性だったようだ。

・・・その本がもう手許に無いのが残念。

memo

« 晩秋-再会。 | トップページ | 龍の地、ブータン。 »

コメント

誠に申し訳ないのですが、こんなブログを先に読んでしまうと、どうしてもね?

http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/381441477.html/

酢亭さま

そのブログは削除されて拝見できないみたいです!

堤清二批判ブログでしょうか??

私も辻井喬ファンでした
こころの水面、最後に凪いでいたことを祈ります

堤清二経由で知ったのでどうしても実業家の影がちらついてしまいましたが…
作品そのものを読むというよりも新聞、雑誌への寄稿によく目を通していました。
まぎれもない詩人の文章でしたね。
「ロフトもパルコもファミマも無印もこの人がいなかったらなかったんだよ」
と訃報の際、高校生の息子に伝えましたけど
同時代をリアルタイムで味わい歓迎してきた私たち世代に比べると
あって当たり前の時代に生まれてきた若い人はあまり実感がないかもしれませんね。

以前の琵琶湖周遊のツアーの際も迎えのバスは西武バスだし
竹生島へのフェリーも西武ライイオンズ柄、
所沢のイメージが強いものがなぜこの地方に…?と
埼玉県民は一瞬あれっと思いましたが
創業者は湖国の出身でしたね。
近江ってすごい、いろいろな企業の発祥の地になっているように感じます

スマイラックスさま

辻井喬ファンと一緒に偲べるのは嬉しい。亡くなって、辻井喬をこんなに好きだったと今更ながら思います。魑魅魍魎の世界にいて、文学を捨てずに生きた詩人ですよね。

近江の国は、根性のある事業家を多く輩出していますね。
とても長浜らしいのですが、ショッピングセンター「西友」は、「楽市楽座」という名称です。(MUJIも入ってます)

所沢といえば、学生時代に、鷹の台からのどかな西武線に乗って
多摩湖や、平日のがらんとした西武遊園地へ行ったことを思い出しました。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1544525/54101700

この記事へのトラックバック一覧です: 辻井喬 逝く。:

« 晩秋-再会。 | トップページ | 龍の地、ブータン。 »