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2014年2月

2014年2月20日 (木)

梅さぐる。

梅探る(さぐる) という冬の季語もあるけれど、

梅二月とはいえ、冷たい湖北ではまだ戸外の梅はなかなかほころばない。

そんな時季に、湖岸の公園で

早咲きの白梅一輪を見~つけた!!

まだ梅林全体は身を固くした気配のなかにあるなかで、先駆けらしい、一本の小ぶりの白梅。

しかも、その枝に、たった一輪。

仲間の梅たちへ、開花スタンバイを指令する役目のトップランナーかしら。

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湖からの風が渡って心地よい。

林を通り抜けて、岸に出る。 波の音がする。

P2200418_3

水鳥たちはくつろいで羽根を休めている様子。

P2200410

この町へ来たばかりの頃、

湖面の色も、波の音も、風も、遠景も、水鳥たちの仕草も、

何もかも珍しくて、旅人のようにいつまでも見入ったものだ。

そして、、また今朝、発見したものがある。P2200397_3

お城のそばの大きな松の木のてっぺん。

樹木を守るためにふんだんに藁縄を使って、

幾条にも吊られた「雪吊り」。

静けさをたたえた美しい造形で、万全の冬構えをほどこされている。

その、てっぺんに見えたのは「瓢箪」だ! 

植木職人の腕の冴えと、風雅な遊び心に、拍手!

P2200395

秀吉の「六瓢箪」の長浜ならではの造形のセンスが光る。

以前のてっぺんは、花結びだった。

なんだか楽しくなって、広場のまわりを歩く。

花壇のラベンダー群に目をやると

冬越えの沈んだ色の草むらのなかから

初々しい少女たちのように、

少し身をよじった新芽がふくらんでる。

P2200430

先週来、オリンピックより人命が軽視されて、情報も対策も救出も遅れ、

豪雪による死者も出た地方のことなど、さまざま憂いの種が消えず

気分の浮き上がらないことが続いているが、

確かにめぐってきた春を

草花たちのように

樹木たちのように、

素直に受け取り、

飾らない素直な細胞そのものになって、

もっと素直な視線で見たり、感じたりしたい。

季節をようく身体に沁みわたらせることが出来たなら

遠い宇宙からの力をもらえるのかも知れない。

今朝は、ほんとうに清々しい散策だった。

 

2014年2月11日 (火)

三次人形、土の雛。

いったい何十年振りの再会になるのかしら。

店の棚にそっと飾った。

ずっと箱に仕舞いっぱなしの土人形は、それでもきっぱりと元気な様子で

開梱を待っていてくれた。

広島の山間部、三次(みよし)市にたった一軒残る三次人形窯元の丸本さん宅に

小倉駅から国鉄に乗って出かけたのは寒い季節、私は20代前半、おおよそ40年前のことだ。

厳寒期にしか絵付け作業をしないというので、3体注文し、

一年後、また雪の積もった三次に、受け取りに出かけ、抱きかかえて帰ったのだった。

P2110384


大きな旧い拓本額装の前に置いてみる。町娘(h46㎝)は、愛くるしい。

現在窯元を継いでおられる丸本氏の母堂の絵付けである。

↓当時はこんなに高価ではなかった印象だが、、。

http://www.miyoshi-ningyou.com/shopping/main.cgi?mode=details&sid=1&gid=1S000005

そのときに買った一対のお雛様も、

古さを感じさせないほど、膠を丁寧に塗った肌が艶やかである。

P2110368

江戸時代後期、裕福な町の人々は、

豪奢な衣装雛やお道具類をそろえた段飾りや御殿飾りを誂えることが出来たが

貧しい農民や庶民は、身の回りの、土や木や紙で

春を祝う気持ちにあふれた素朴な意匠の、自足の雛人形を作った。

安価な材を使って、単純明確な色彩や、ユーモラスな絵付けのなかに

土地の個性がしっかり表現されていて、興味深い。

いつでも民衆のアートは、明るくおおらか、健やかだ。

秀吉のまち、長浜では

商店街の各店で展示する「長浜のお雛さまめぐり」が始まった。

3月9日頃までがお楽しみ期間。

旧家所蔵の、寛政や享保の由緒深いお雛様や、手製のひな、三代のお雛飾り、ガラスの雛などが

約65店舗の店先で公開されている。

MAPを手に、さまざまなお雛様を味わいながらの散策をどうぞ。

雪が少ないけれど、寒い長浜、

湖北の春はどのあたりまで来ているのかしら。

川向こうの蝋梅は冬がよく似合う。

P2050357

2014年2月 6日 (木)

三十三回忌。

今でも、生きていて欲しかったと、32年も経つのに、痛切に思う。

生きていれば91歳の老爺であるが、

父と私は親友のように語り合う時間が持てる仲良しだった。

幼少年の頃、青年時代、大学時代のこと、戦争のこと、就職、そして離職起業した志や苦労話、

母を恋したこと、会社への思い、60代、70代、80代の夢、

お茶と和菓子をつまみながら、たらたらと雑談をしたかった~ね、お酒の飲めないお父さん。

憶えている幾つか父の声。

東京の下宿での林檎の話。「いい匂いがするからいつも机の引出しに入れといたよ。」

・・・優しい香りが好きだったのね。それから数年後、林檎のように愛らしい若い妻を得た父。

「新しいことに頑張ってるよ。これからは宇宙と繋がって仕事をする時代が来る!楽しみや。」

・・・ほんとうに世界はその通りになったね。

事故の10数日前、西宮の我が家を訪問してくれたとき、遠くを見ながらつぶやいた。

「武庫川河川敷を黙々と走っているランナーを見ていて、なぜか涙が出たよ。」

・・・59歳の父の胸にどんな思いが寄せたのだろう。

「お父さんは、お前が人生を生きていくための踏み台だよ。」

・・・あなたのおかげで、あなたよりも長く、今、生きてます。

あの朝、福岡発羽田行に搭乗した父が羽田沖で死なければならなかったことに、

どこかでまだ「なぜ?」という思いが消せないし、何も解決していないために、こんな文を書いてしまう。

・・・誰でも喪失感を口にしないで耐えてるのに、、、

私事を愚痴る下らないブログ、と思われても、仕方ない。

33回忌を前に、ひとつのいのちを、追悼する気持ちでいっぱいなのだから。

1982年2月9日直後から、家族に降りかかった大嵐、砂嵐、泥嵐、

当時51歳だった母も遺族会会長として頑張ったが、検察審査会での不起訴処分で終結。

やっと鎮まったが、人を信じることが困難になるような体験も山ほど積んだ。

小さな世界でも、大きな世界でも、集団ができると人は権力が好きになる。

大企業の権威主義と怪物のような組織は、人間の正義や愛、からはあまりに遠い。

「お父上をお運びできませんでしたから規定に従って羽田までの航空運賃を払い戻します。」 

「腕時計、靴など海中に紛失したものは、ご本人が身に付けている写真など添付の上

請求してください。証明ができたものを償却計算後弁償します。」

「御好評いただいておりますJALのカレンダー、どうぞお使いください。」

直後のJALの担当者の言葉に、崩れた。 どこまでも上からモノ言う習慣のひとたち。

巨大化した組織が起こす惨事と、被害者への冷たい仕打ちが、

地球上にどれほど多く発生しているだろう。小さな個人の死闘も訴訟も続いている。

そして責任の所在は、空中に霧散、悲しく傷んだ人々がどんどん増える。

操縦士の妻は「夫は心身症です」と会社に訴えたのに、無視され、彼はあの朝も操縦桿を握った。

誰かが、勇気を出して、枠を超え「操縦はやめて!」と叫んでいればよかったのだ。

http://matome.naver.jp/odai/2126942368212872801

24人の犠牲は、以後、せめて働く者の心身管理に生かされていると思いたい。

私も、33回忌をひとつの区切りとして、父が生きたかった分まで、生きていきたい。

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clip《店休日のお知らせ》

たいへん申し訳ございませんが、店主の不在により

2月8日(土曜日) ・ 9日(日曜日) 2日間臨時店休とさせていただきます

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