フォト
2016年3月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

« 昭和の燐寸のラベル。 | トップページ | フェラーリレッド。 »

2014年5月16日 (金)

「潮の匂いは。」という詩。

Twitterで、この詩を見ました。

みなさんにも読んでもらいたくて、そのままここへ載せました。

・・・この国の私たちは、この海を忘れないことが出来るのでしょうか。


 「潮の匂いは。」   片平侑佳(宮城県立石巻西高校平成24年度卒業生)

 潮の匂いは世界の終りを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朦気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。

 潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身 を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出し て、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。

 潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦め ること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。我慢した。“頑張れ”に応えようとして、丸まった 背中にそんな気力がないことに気付く。どうしたらいいのかが、わからなかった。

 潮の匂いは一人の世界を連れてきた。無責任 な言葉、見えない恐怖。否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じなのかもしれない。誰も助けてはくれないんだと思った。自分のこと しか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。 “未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。おまえは誰ともつながってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言ってい る。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。

 潮の匂いは始まりだった。
 潮の匂いは終わりになった。

 潮の匂いは生だった。
 潮の匂いは死になった。

 潮の匂いは幼いころのあの日だった。
 潮の匂いは少し大人の今になった。

 潮の匂いは優しい世界だった。
 潮の匂いは孤独な世界になった。

 潮の匂いは――――――――。

« 昭和の燐寸のラベル。 | トップページ | フェラーリレッド。 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1544525/56209223

この記事へのトラックバック一覧です: 「潮の匂いは。」という詩。:

« 昭和の燐寸のラベル。 | トップページ | フェラーリレッド。 »