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ART

2015年1月30日 (金)

Do You Love Me?

精神医R.D.レインの本の原題 「Do You Love Me?」 を

「好き?好き?大好き?」と訳した人は詩人だと思う。

P1300286

精神分裂病患者の吐露や医者との会話が、

まるで長いネックレスのように連なっている本。刺と切実さに充ちて、痛くもある。

 彼女「好き?好き?大好き?」

 彼 「うん 好き 好き 大好き」

 彼女「なによりもかによりも?」

 彼 「うん なによりもかによりも」

 彼女「世界全体よりもっと?」

  (ずっと続く疑問と答え・・・・・・・)

Do You Love Me?  I Love You . ・・・」

誰もが究極に叫びたいそのふたつのコトバ。

この二つのフレーズを、真鍮のかけらに刻んでいる少し変わったペンダントがある。

P1300269

フレーズの文字がバラバラにされて、散らばっている デザイン。( by 2mOa

よかった!私の胸の中で組み立てる楽しみがある。

身に付けるものに言葉が埋め込まれているのは、密かであると、とても洒脱だ。

大好きな職人街、2K540 http://monomachi.com/?page_id=3920 に

コトバを歌舞くクリエーターがいた。「2mOa /ツーモア

http://www.2moa.com/

刻み込まれたコトバは、

折にふれ、使う人の気持ちに反応して、言霊が立ち上がってくれる。

コトバは、小さな葉っぱ。

舟のかたちをして、気持ちや意味や思考を乗せて運んでくれるもの。

乾いて、脳の片隅に、カサコソと吹き寄せられたり、

湿った胸の穴のなかで、じわりと分解しながら積もっていたりする。

・・・内耳の蝸牛を震わせて通過して来た音も、

・・・水晶体をくぐってたどり着いた文字も

・・・自分のくちびるから排出した残響も、

しばらくは身体の隅っこにくすぶっていて、

体躯の重量にだって微妙に影響していると思うのだ。

しんどくなったら、吐き出して欲しがっているコトバを

せぇの!で出してあげよう!そうすれば軽くもなれる。

Do You Love Me?  I Love You .

私を知って!愛しい私! って叫んでもいいんだよ!!

そんなときのYou は自分のことかもしれない。

自分を好きでいることを忘れないために

このペンダントを大事にしよう。

2014年12月 9日 (火)

内藤礼 信の感情 ・・・うちがわの世界。

「生きているということは

もたらされているということ」

「私は内側からだけ生きていたい」  と語るアーティスト内藤礼さんの

静謐な世界を

リニューアルOPEN した目黒の庭園美術館で観ることができる。

「内藤礼 信の感情」(~12/25)

熟練の職人の手による丁寧な修復によって、

旧朝香宮邸の姿のまま、細部まで改修が施され、

11月22日からお披露目されている館は

相変わらず美しく木立のなかに建っていた。

瀟洒な洋館が辿ってきた長い日々、壁や調度や硝子などに、

どれだけの多くの人たちの思いが、染みこんできたことだろう。

仄暗いけれど、磨かれた部屋の隅に

数センチの木で作られた小さな《ひと》が、そっと置かれている。

全部で10体。

見つけられなくてもかまわない、、ただ「佇む」としか言いようのない姿で

そこに澄んだ空気を作り出している。

重厚な邸宅の一室の隅に佇む静かな《ひと》の存在を感じるたびに

生命の種のような、恩寵と呼びたいような、有難いものに触れた気がして

こころのなかで泣いていたかもしれない。

そのあと、新館で、青い目をしたちいさな《ひと》が沖繩の村を旅した映像 (土のみ)

http://hehepress.com/o-ku/ を観て、うとうと心地よくまどろんでしまった。

撮影不可日だったため図録からの画像を、、、。

Pc080860_2

Pc080864

都会の喧騒からも

煩雑な迷いからも離れて

こころの「奥」をしんと感じる場所に

《ひと》が、きっと連れて行ってくれる。

http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/141122-1225_naito.html

詳しい紹介記事&写真もごらんください。↓

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO80489600U4A201C1000000/

2014年5月16日 (金)

「潮の匂いは。」という詩。

Twitterで、この詩を見ました。

みなさんにも読んでもらいたくて、そのままここへ載せました。

・・・この国の私たちは、この海を忘れないことが出来るのでしょうか。


 「潮の匂いは。」   片平侑佳(宮城県立石巻西高校平成24年度卒業生)

 潮の匂いは世界の終りを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朦気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。

 潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身 を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出し て、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。

 潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦め ること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。我慢した。“頑張れ”に応えようとして、丸まった 背中にそんな気力がないことに気付く。どうしたらいいのかが、わからなかった。

 潮の匂いは一人の世界を連れてきた。無責任 な言葉、見えない恐怖。否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じなのかもしれない。誰も助けてはくれないんだと思った。自分のこと しか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。 “未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。おまえは誰ともつながってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言ってい る。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。

 潮の匂いは始まりだった。
 潮の匂いは終わりになった。

 潮の匂いは生だった。
 潮の匂いは死になった。

 潮の匂いは幼いころのあの日だった。
 潮の匂いは少し大人の今になった。

 潮の匂いは優しい世界だった。
 潮の匂いは孤独な世界になった。

 潮の匂いは――――――――。

2014年4月30日 (水)

昭和の燐寸のラベル。

当店の棚の片隅に積んである古いスクラップアルバム。

「父が大事に保管していたものなので」という方が預けてくださった貴重な数冊。

たまに目を留めてくださるお客様にご披露すると、

必ず、しばらく動けなくなって、「スゴイ!」「面白い!」と目が釘付けになるご様子。

戦前のマッチラベルを大量に収集し、丁寧に貼ってあるもので

紙質、意匠、色彩、告知など、

数センチ四方のマッチ箱の一枚のラベルにこめられた多様な「絵の魅力」には

驚かされ、そして、おおいに笑わせられる。

明治時代、商いの世界で、広告として、「引き札」が広く流行ったあとに、

昭和にはいって、日用必需品として買われたり、配られたりした「燐寸(マッチ)」は

その小さな箱の平面が、確実に人々の手許に行き渡る「広告伝達媒体」となったのだ。

電気が普及する前の日本では

燃料に「炎」を着火する行為なくては暮らせない。マッチは、無くてはならないもの。

だから、どんな業種も広告入りマッチをせっせと作り続けたわけだ。

マッチ棒はあえなく燃えつきてしまったけれど、

懐かしい時代の匂いを届けてくれる容器のラベルは、

それを愛する方々の手で残った!!すごいことだ。

さぁページをめくってみよう。

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↓「紫選手の誉」ってナンダろ??(笑)

P4300320

↓気高い雰囲気の「バースイス」の横にある

「RESTAURANT文化軒」の「愛慾篇」という絵柄には、特に女子の動向に殺気迫るものがあり、

おちおち食事もしていられなさそうな店ではないかと思われる。(笑)

P4300325

かと思えば、

見た瞬間、パンが食べたくなるようなキュートなこんなラベルもある。

「パン。。。」 「。。。」が効いている。 が、店の名前が無い。

P4300319

↓卒業証書を鼻にひっかけてる学生のイラストの

帝大東門前「呑兵衛」の横に

「マッチレッテル展覧会」のマッチ があるのをごらんいただけるだろうか。

百貨店でそんな催事があった時代らしい。

P4300316

ほぼ、アートに見える濃い作品もある。

以後、著名になった画家などの若い頃の仕事でないかと思われる絵も多い。

↓高円寺のカフェーシナノの色合いのカッコよさ。

P4300334

このアバンギャルドデザイン満載の

マッチラベル収集帖は、

今ほど決して便利でなかったけれど、

日本人の感性が無邪気だった昭和の空気や社会をイメージできるものとして

当分みなさまに楽しんでいただきたいので、

いつものように、片隅の棚に置くことにしよう。

2013年12月16日 (月)

羊歯のにおい。

彫刻家 舟越桂の、1993年のリトグラフ作品 『羊歯のにおい』。

冬によく似合うのは、なぜだろう。

静もったひと。思惟のひとなのに軽やか。 音は遠くにあるようだ。

遠くを見放つ静謐な視線にも、ふたつの瞳にも、白い肌にも、ひたひたと湛えられた水を感じる。

しかも、きんと冷たい冬の水。

Pc160001_2

40年前に、広島で出会って、

ギャラリーに支払いを分割にしてもらい、やっと入手できて以来

一番大事にしているもの。(76×56)

A.P 7/10  という貴重な作品だ。

黒い粉(トナー)を筆につけ、アルミ版のうえに落として、線や諧調を描いていったというリトグラフ作品。

黒にも、白にも、余白にも、その奥に物語が宿っているような画面。

空から白い雪がちらちらと舞い始める湖北の冬がやってきて、

庭の羊歯の緑も、しっとりと氷雨に濡れている。

あと、幾つの冬を

この版画と一緒に過ごせるかしら。

私が人生を閉じる冬の日まで、ずっと澄んだ視線をくださいな。

snow

《お知らせ》

12月の休業日

※申し訳ありませんが、17・20日は臨時に休ませていただきます。

17(火)・18(水)・19(木)・20(金)

25(水)・26(木)

30(月)・31(火)

bell 1月は、4日(土)からの営業です。

2013年5月 7日 (火)

かおなし。

これはなんだぁぁ????。。。。

古道具展示の床に立っているその姿に、

「あ、千と千尋の神隠し の、、「かおなし」!!。。。」 と思って近づいてよおくみたら、

しらっと穏やかな顔が彫ってあった!! 

その眼が「よろしく。lovely」って言った気がしたのだ。

その声に、「わかったよ!連れて帰ります。」 と即答、

これが、ふたり(?)の関係がうまれた瞬間。

古道具屋の店主の笑いが聞こえる。

・・・「えぇ~~ハハハ、?ホントにこれ欲しいんですかぁ?」 ・・それはないデショ??

この寡黙な木のヒトは、どこにいても、静かな佇まいですうっと立っているので

ふと目を合わせたときに、「どう?気分は?」とか、細い声でささやきかけたくなる。

受容的な、柔らかな肌あいに、触る、触る。

「あなた、サ、やっぱり、、「かおなし」の世界からやって来たの? だとしても、もう大丈夫だからね。

第一、顔だってあるし、自分の地面も持ってるし、私には必要な存在だし、

名前もそのうち見つかる。  ま、仲良くやろ~よね。」

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もとは、東南アジアの「浮き」かも知れない、らしい。

民俗学に明るく、この姿の出自をご存じの方、ぜひご教示を。

「かおなし」がジブリファン以外でも、多くの人から一目置かれていることは

こんな↓、「かおなしのゴーシュ。」が存在することでも分かる。

http://www.youtube.com/watch?v=Z5j6z7xNEuo

shadow notes

2013年2月15日 (金)

平野遼の素描集。

book深夜、雷鳴のなかでしきりに鳴き続ける野犬の遠吠えに、ふと永遠を思っていた

これは、平野遼(1927-1992)の水彩素描集の、タイトルだ。

(みずのわ出版 http://www.mizunowa.com/  2012)

P2150581

詩の一行のような、深い闇から浮かび上がったような題だが、

彼の絵に刻まれた陰影を一度でも見たことのあるひとは、

平野遼さんらしい、と感じるはずだ。

「人間の実相を凝視した画家」 「未踏の闇に光を求めた画家」 

「現代社会の矛盾、ひずみを遙かな幻想性の中に描いた画家」 「自我を研ぎ出した画家」  などと

形容されるほど、彼は孤高に、壮絶で思索的な画業を貫いた。

人間とは何だ?・・・・彼にしか見えない地底のうごめきが、P2150577_2

ジャコメッティに通じる鋭い描線によって

原風景のように浮かび上がる。

常に、彼の絵のなかでは、ヒトの貌は闇に昏く沈んでいるが、

身体全体から、そのヒトが何を思い、どう生きようとしているのか

想像してしまうような、存在感が発せられている。

P2150578_2

店主が20代前半の秋の日、小倉の平野邸をたった一回訪問する機会があり、

当時40代の気迫に満ちた画伯にアトリエを案内していただいた上に、

奥様の点ててくだったお茶をご馳走になった。

茶室には、数羽の雀が戯れるやさしげな絵を、二曲の屏風に仕立てたものが飾ってあった。

夢のような時間だったと、今になって思う。

聖域であるアトリエは、その後の「地底の宮殿」(1990)という画集名と重なるような

足元から、重く濃い地殻を感じさせるような凄さに充ちていた。

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2012年8月27日 (月)

仲村青年。

「こんにちは。僕は記憶することができない障がい者なんです」

といきなり近寄って、汗をぬぐいもせずに、話しかけた青年がいた。7月の暑い日のこと。

唐突に懸命な前傾姿勢で

アート作品を作っていると話す。「どんな作品ですか?」と尋ねると、

「言ってもわからないと思うなぁ」と頭を傾げて恥ずかしそうに照れて笑う。

いろんな説明が抜け落ちている直截さと、その間合いが独特だ。

「ただ並べてるだけ」(?)という作品展案内のB5のフライヤーを

店の掲示板に貼ることを約束した。

五個荘のナチュラルキッチン キュルレ で8月28日までの作品展

アウトサイダーアーティスト 仲村 聡(さとみ)

http://curel.jugem.jp/

 あなたが出会える未知な世界がここには存在する。

 平穏で時間のない暮らし、何が違う?何が。

 朝起きるとぼくはご飯を食べることや歯を磨くことを忘れてしまっている。

 すべての行動を文章化すると寝ることを忘れている。

  ・・・・・生きるために・・・

 これはぼくの生存欲を賭けた冒険だ!」

・・・目に留めてくださったお客様がどのくらいいらっしゃったかしら。

そして、先日、再び現れた仲村青年、「これはお礼です」と

また汗をかきながら、

とてもいい笑顔で、葉書サイズの作品を下さった。

ありがとう! 写真と短詩の額。

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紙と鉛筆を手放さないで、行動記録をつけている様子。

私の母は、アルツハイマー型認知症になって10余年、

80代の今、少女に戻って不思議な宇宙に棲んでいる。

たぐり寄せても、たぐり寄せても記憶の糸の先に何も付いていない空しい世界。

自分は誰だったのだ?・・・・・母の手帳は、ペン書きの母の姓名でびっしり埋められていて ・・・私は泣いた。

発症初期の母の苦しみは想像するとつらい。

ひとの人生は、「思い出」を作り続けること、思い出が人の心を温めるのだと、私は思う。

それを失うことは、恐怖だ。

記憶を記銘保持できないという彼が体験している日常は、

積み重ねてゆきたい一コマが砂のように崩れてカタチをとどめない、ということなのだろうか。

そんな不安を抱えて、

信じられないくらいの明るさを瞳の奥に湛えながら

瞬間を刻むように、写真や言葉を産みだしているのですか?

あなたは、そんなふうに、ひとに思い出を手渡す方法を編み出したのでしょうか?

仲村くん、スクーターに乗って、また来てくださいね。

2012年7月24日 (火)

棒で編む。

人の手の指が何本かの木の棒を操って、一本の糸を美しい文様に編みあげること。

それは少し、魔法みたいなのだ。

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クンストレース」・・・聞きなれないかも知れない。

・・・ ドイツではじまったこの美しい手芸は、 「繊細・美術・芸術」を意味する「クンスト」という語を冠したもの。

掛け目と増し目をしながらの緻密な輪編みから、優雅で薄く透けるレースが作りあげられる。

かぎ針でなく、より繊細な技術を要するものであるためか、

国内の作り手は少なく、紹介された本もわずかしかない。

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こんな高いレベルの手工芸作品を見ていただきたくて、

さざなみ古書店のさざなみ通路に展示中。

暑い商店街を歩いて、ふっと静かな世界を味わっていただけると嬉しい。

見入っているお客さまの横顔も優しげで、、、。

難しいクンストレースの世界に挑戦した作り手、広島市在住の河村千幸子さんの手になる

大小さまざなな美しいレースで、涼やかな気分を感じてくださいね。

生成りの作品は、帆布を織る糸、光沢のある作品は、フランスDMCの糸で編まれている。

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CHISAKOの「クンストレースの世界」展  会期延長して8月5日まで。

door お手元に欲しい方には販売もしています。

 

 

 

 

2012年7月18日 (水)

小さな星。・・・のようなひと。

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ある日の午後のさざなみ古書店。

Twitterで言葉を交わしたことがある、詩をよむ若いK女子が初めて訪問してくださって、詩の話などしていた。

45年も前の、!当時、福井高校文芸部長だった詩人の荒川洋治さんと、

福岡県のS女学院高校文芸部のささやかな交信の思い出話など。

そこにまるで、小さな森のリスが

団栗を落っことしたようなかすかなコトンっという声が・・・・。

店主からは見えない書棚の前で話を聞いて、笑ったひとがいるらしい。

しばらくして、そのひとが

「これ下さい」と本を差し出されたとき、そのひとの瞳の星を私はまっすぐに見つけてしまった。

重力が微かに変動した。

そのひとも詩画集を作っていた。

Tenohira02_2手のひら動物園」・・・・

きちんと和綴じで作られた柔らかい感触の本。

活版印刷だったらどんなにステキだろう。

動物をタイトルにした37篇の詩に合わせて、

37枚のコラージュは、どれも彩りが好きだ。

P7180003

最上段の画像、夜の星空のようなコラージュも

何気ないようだけれど

そのひとの世界の広さを表している。

こころの底に、静かな深い湖を持っているひと の声は、さざなみのようだった。

イラストを描いているひとの名刺は、たくさんの絵から選べるというので

店主がもらったのは、「レモン」の絵のもの。

作る時間が、ただそれだけが、もっともっと欲しいというそのひとに

ふんだんに豊かな時間が舞い降りてくるように祈りたい。

book竹島玲子さんのブログ  「芸術のおもちゃ箱」  

BOOKS  http://www.451books.com/SHOP/tenoira_01.html

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