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BOOKS

2015年12月11日 (金)

冬の本。

夜半から朝方に降った雨のあと

庭は鮮やかな赤色の葉が敷きつめられた!

枝に残っていた葉のほとんどが落下したもよう。

つい数日前まではこのように赤色を見上げていたのだけれど。

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一晩で雨に打たれて落ちてしまった。

201512112

枝だけになったモミジがまた赤い新芽を出す早春まで

小さな庭は3ヶ月余りのモノトーンの季節にはいる。

この年内には

白い雪が舞いおちる日もやって来るだろう。

そろそろ冬ごもりの準備をはじめておかねばならない。

・・・移住5年、冬迎えも身に付いた。

北側窓一面に冷気避けのプチプチシートを張りめぐらす。(=開かずの窓にする)

軍手と雪どけ用スコップを出しておく。

そして、じっくり味わいたい本、気になる再読本、

一年間読みたかったけど読み通せなかった本を

一冊一冊積み上げて、「冬ごもり本の塔」をつくる。

分厚い本も、どんどん積む。冬は長い。

こうして、高さのあるいいバランスに拵える。

しんしんと凍える夜は

ガスストォヴの赤い熱にあたためられながら

首にマフラー巻き巻きし、

腰もぐるっと毛布で保温して、膝上にクッションをのせて

その上で本を開く。。。。くんくん、至福の時間はいつでも静かにはじまる。

barできれば、サイドテェブルにはシングルモルトの瓶とグラス。)←自分で用意。

musicできれば、流れてくる心地よい楽曲。ナマだと最高!)←誰が奏でる?

cafeできれば、たまに差し出される温かいお茶。)←誰が淹れてくれる?

heart04できれば、疲れた間合いに肩をそっともんでくれる手)←誰の手?

(☪妄想は自由です)

ずっしり重厚な本もいいけれど、

夏葉社の「冬の本」、冬にことさら似合う小さなサイズの一冊を

どなたにもお薦めしたい。

Photo

あまりに愛らしく、84人それぞれの冬にまつわる1篇1篇が

色付き硝子のようにきらきら光を放って

雪の中に建つ教会のステンドグラスのような珠玉の本なのだ。

表紙の青色が視界にあると安心、、

気ままにどのペエジを開いても、匂い立つさまざまな冬の空気が思いがけず楽しい。

・・・みなさんの傍らにも、

寒い季節にぐっとそばに寄せてもらうのを

待っている本たちがあるかもしれませんよ。

『読書の冬』って昔から言われてますよね。。。(?)

2015年6月26日 (金)

九月の朝顔。

素描のような表紙の絵は、やわらかい。

竹の紙に糸で刺繍された、手と朝顔のちいさな種ひと粒。

Photo

「九月の朝顔」 畑尾和美さんhttp://hataokazumi.net/profile.html

の詩画集(2011 BOOK LoRE)

のなかからひとつの詩を紹介します。

『神様のヴィサイン』

その人を神様と呼ぶ

いつも笑顔やから

元気をくれるから

楽しいことを考えているから

体にやさしいことを知っているから

かわいい声で旦那さんを呼ぶから

約束はせんとこうなって言うから

無理はしないから

好きなものをわかっているから

好きなことをしているから

うれしい時にはヴィサイン

なんで

その人を神様と呼びはじめたのか考える

べつに特別でもなく

ふつうのおばさんやのに

ふつうなんやけど

自分が同じ歳ぐらいになった時

にっこり笑顔でヴィサインなんかできるんやろうか

鼻歌をふんふん心地よく歌えるんやろうか

神様と呼んでいるその人は

昔は苦労したらしい

離婚経験もある

お父さんは、ぼけてしまって看病がたいへんやったそう

お母さんは今も入院している

体調だって崩したこともあるんやろうし

甘いもんも、おいしいもんも好きなんやけど

食べたら関節が痛くなってしまうという

ずっと前から笑顔やった訳じゃなく

しんどいことも、つらいこともあったから

今を思いっきり楽しんでいるように見える

その人はアハハと笑う

ほんまにおもしろい時には

アハハの後に「おっかしい」っていう

ほんものの笑顔

ほんもののヴィサイン

神様は

ふつうのおばさん

すぐそばにいる

酸いも甘いも経験して

自分のことを誰よりも

ちゃんと見つめようとしている人

2015年3月 8日 (日)

ふるほんやおや、開店!

とうとう3月7日の午前、

ふるほんやおや が開店。

うらくろ商店街の小さな古本屋が、湖北の無農薬農産物を並べて売ろうというのですから、

いったいどうなるのか、、と実は不安でいっぱいの朝でした。

はんのき農園さん、大戸洞舎さん、楽楽ファームさん、の

美味しそうな農産物をせっせと白い棚に並べていたら

さっそくお客様がご来店!

「無農薬の野菜があるって聞いて、待ってたのよ」の声。

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今週並んだのは

小蕪・ゆるぎ蕪・壬生菜・水菜・ほうれん草・日野菜蕪・

小ネギ・長ネギ・太白ネギ・青大根・赤大根・滋賀羽二重餅米・黒米・

玄米/精米こしひかり・玄米/精米ひとめぼれ・タカキビ粒/粉・

緑大豆(豆・粒・粉)・白大豆・黒大豆・わら灰こんにゃく・黒にんにく。。です。

お買い求めになった方が美味しいと感じていただけたら

それが一番!!

朝のうちにいち早く完売してしまったのは

「上山田の山里で無農薬で育てたこんにゃく芋を、大戸洞舎の田んぼの稲わらを

焼いてできる灰汁で固めました。」という絶品「わら灰こんにゃく」です。(350円)

Photo

臭みもないし、歯ざわりがなんともよろしく、食べた方々が驚かれます。

身体にとても必要な食品ですし、店主は、わさび醤油で刺身でいただく他に、

小さくちぎって洗い軽く水を切って、きな粉をまぶしておやつにいただいています。

※来週の入荷に向けて、ご予約も受け付け中。

↓二日目の棚。いろんなお豆さんがお待ちしています。

201538

壁の「暮しの手帖バックナンバー」(販売中)の

ロマンチックで美しい表紙の絵も、お楽しみください。

1993年、1994年、1995年~~「早春号(2.3月号)」だけを選んで並べてみました。

右端は2007年早春号と2009年春号。

いつ読んでも、しっくりと沁みる記事に出会える不思議な本。

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3

無農薬農産物 と 「暮しの手帖」・・・お似合い過ぎて、嬉しくなります。

2014年8月11日 (月)

滋賀の本ー茂美志屋支店。

「もう琵琶湖だけとは言わせません!」

これは控えめな滋賀県民の発言?(笑)

・・・こんなパワフルなタイトルの滋賀紹介雑誌が2週間前に発売された。

(京阪神エルマガジン社 ¥799)

ほんとうに、

湖の国には味わいのある人・コト・モノがいっぱい存在していて、

もっともっとオモシロイものに出会えますよ!~~!

この新しい滋賀情報満載の雑誌は、さほど重くないので

観光の方々への、恰好のガイド本として絶賛お薦め中。


P8110350

6月の和やかな取材の折に、

「近くにお昼ご飯の美味しいところありますか?」と問われ

地元民御用達の、店主が通う ザ・食堂 を紹介した。

若い記者おふたりの味覚にもヒットしたらしい!

大通寺東の「茂美志屋支店」の

あんかけやきそばの写真が、

さざなみ古書店と同じ長浜のページに載ってるではないか!

これは自分のコトのよう嬉しい。

でも、どうか行列ができたりしませんように・・・・。

昨日は、台風11号が連れてきた風と強い雨で、

住処のそばを流れる米川も一気に増水して、はらはらしたけれど、

(↓10日午後の米川/住処より)

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幸い、何事もなく済んで、穏やかに週が明けた。

のどかな夏の陽射しを浴びている静かな町。

店先で焚く、除虫菊の蚊取り線香の香りは、晩夏まで続く。

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光る湖。

緑の山々。

澄んだ川の流れ。

蝉の声。 蚊取り線香~~~。

のんびりと滋賀WALKをおたのしみください。

2014年7月25日 (金)

窓をあける。

夏の炎天下のうらくろ通り。

あったか無かったか、ほんに些細なコトガラからしばらくして、

店のドアが開き、

「これでカンニンして!(笑)」と、森永パルム1本がやってきた。

(??アイスで懐柔作戦って?)

でも大笑いしながら、「ともかく許す!」って呟きながら食べる。

「・・・でも、何だったっけ?」と、そのワケを思い出せないから、また、笑う。

そんなのどかな日常はありがたい。

うらくろ通りも一段と暑さが厳しくなって、とうとう眼前に真っ白な入道雲。

今日、宮尾節子さんの詩集『くじらの日』(沖積舎 1990)が届く。

ぜひ読んでみたかった詩人の本。

『レッスン』

泣きやめて

組んだ腕を

伸ばす

いちばん簡単な

虹の作り方

です

・・・・・・・・

とてもやわらかな丸い言葉を、

明るさと勁さに充ちた光で包みこんで、

いろいろな色のおはじきのように目の前に、自在に並べてくださる。

私はTwitterで、埼玉に住む彼女の存在を知った。

7年前に書かれた短い詩は、数週間前から

ツィッターで拡散され、彼女はこの詩の著作権放棄というかたちで

世界中に戦争への危機感を風にのせて届けてくれている。

怖いことがじわじわ始まってるようなこの国で

言葉の持つちからは、大きいはず。

信じられるものを、きっちりと抱いて生きなくちゃ!

「明日戦争がはじまる」

 まいにち満員電車に乗って 

 人を人とも思わなくなった 

 インターネットの 

 掲示板のカキコミで 

 心を心とも 

 思わなくなった 

 虐待死や 

 自殺のひんぱつに 

 命を命と 

 思わなくなった 

 じゅんび 

 は 

 ばっちりだ 

 戦争を戦争と 

 思わなくなるために 

 いよいよ 

 明日戦争がはじまる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

約1か月も、ブログ更新を休んでいたので、

「どうしてる?」と声を掛けてくださる方々もあり

気に留めてくださって本当に有難うございます!!!

もう、わたしの窓を開けて、

深呼吸~~~。

酷暑に多少いじけつつ、

つくつくぼうしが啼くまで、

しっかり夏を乗り越えてみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年4月 3日 (木)

塚本邦雄「流露帖」

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ちょうどこの四月のあたたかな風に、草草がゆれる時分の俳句を見つけた。

book 塚本邦雄 句集「流露帖」(1992 限定135部)より

 はこべらに花半生はたまゆらに

 相愛のいつまで木の芽和へのこす

 花篝こぼれやまざるにくしみを

 春愁は夏につづかむ花ごほり

・・・・この句集は、手のひらにのる16頁の軽く小さなもので、

小さいゆえに、選ばれて印字された句がすぅっと心にとびこんでくる。

駿河柚野三椏紙に活版印刷、山吹糸で綴じてあり、単行本とは全く異なる味わいだ。

俳句本に、この仕立ては、軽やかですこぶる似合う!と改めて気づく。

本棚のコレクションのなかにある

book「塚本自筆ペン字一首」を紹介しよう。

↓ウィッ!のところが弾んでいて、フェンネルがぐんぐん伸び始める陽春に似合う感じが大好き。

・・・レオナルド・ダ・ヴィンチに献ずる58の射祷の一首。

 青春は一瞬にして髭けむるくちびるの端(は)の茴香(うゐきゃう)の oui!

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book もうひとつ、久しぶりに出してみた、自筆葉書

昭和53年8月に送られた俳人三橋敏雄への丁寧な返信文。

三橋の句を鑑賞した際に、正しくは「百夜」を、「百日」と思い込んで疑わず発表してしまったものらしい。

御当人からの指摘を受けた塚本が、いかに慌てて

「愕然として」「不思議千萬」の「書き間違い」に恐縮し、この葉書をしたためたかが想像できる。

しかも速達葉書。(当時20円+150円)

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一枚の葉書に残された、俳人と、歌人/評論家のやりとりが

「小さな物語」として、後世に伝わってしまうということも

小さく愉快なことだ。

私の「ガラス戸つきの塚本作品書棚」から、

さざなみ古書店の書棚へ移動して、新しい読み手を待つ本も多くなってきたけれど。

もしも、もしも、こんな葉書を欲しいというマニアがおられたら

ぜひ声をかけてほしい。

2014年3月14日 (金)

アンネの日記。

アンネの残したメモの中から発見されたアンネのつぶやき。

book 「悲劇の少女アンネ」シュナ-ベル 1987偕成社 52刷

この地球は、みんなが仲よく暮らしていくのにけっしてせますぎないはずです。 

みんなが神をうやまい、話し合い、とぼしいものをわかちあえば、 

びんぼうな人、不幸な人など、ひとりもいなくなるはずです。」

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↓この本の挿絵は、「かたあしだちょうのエルフ」の作者である敬愛する画家 小野木学。

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一家は迫害を逃れるため、息をひそめ、自由の無い生活に耐えながら

アムステルダムの運河沿いの古い建物の奥で

戦争が終わるのを待とうとした。

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 book 「アンネの日記 皆藤幸蔵訳  1980年 文芸春秋 」

日記を心の友として、アンネは「キティ」と呼んで話しかけ続ける。

1944年8月1日火曜日 という日付の、日記の最終のペエジには、

揺れ動く思春期の少女の理知的でみずみずしい言葉があふれる。

物事を明るい方へ考え、豊かなユーモアで受け止め、利発で思いやりの深い性格は

ジュディにもパレアナにも共通のものだ。

隠れ家のなかの心の友キティに、アンネは自分のことを、実に少女らしい繊細さで告白する。

「いい方のアンネは、人前では決して顔を出しません。これまでただの一度も出したことは 

ありません。しかし私一人のときは、いつも彼女が君臨しています。 

私は心の中では、どんな人間になりたいのか、今の自分はどんな人間はよく知っていますが 

それを心の中におさめておくだけです。」

「こうして、悪いアンネがいつも表面に出ていて、 

内側に隠れているアンネは、―もしこの世の中に自分一人だけだったら― 

自分はこういう人間になりたい、こういう人間になれると想像をめぐらしながら、 

そういう人間になる方法を、絶えず思案しています。 」

・・・精神の限りない自由な世界に足をふみいれ、

これから思索をふかめるであろうアンネの青春がはじまったばかりの時である。

心身ともに疲れ果てた2年以上にわたる隠れ家生活がついに終わるのが、その3日後、、

ナチ党が踏み込んできて、囚われたフランク一家は収容所へ送られる。

隠れ家の床に散乱した書類のなかに混じっていたアンネの日記は、

難を免れて、その後、ただひとり強制収容所から帰還した父フランクの手に渡る。

1929年6月12日に家族から祝福されて誕生した健やかで賢い女の子、アンネ・フランクは

収容所で15歳と9か月の生涯を終えた。

生きていてほしかった。すべての戦争犠牲者に生きてほしかった。

人間が起こす愚かしい戦争によって、生命の重さを、容赦なく変えられてはたまらない。

私の母は、アンネと同じ年に生まれた。

女学校のとき、

学徒動員された工場で一掃射撃に遭い逃げ惑った体験をした。

同級生は負傷したという怖い記憶をたどりながら、話す顔もつらそうだった。

当事者は深いところで尊厳を傷つけられていて、

忌まわしい記憶に蓋をし、いつも多くを語れない。

人が人を敵と見なして、殺しに来る、、こんな悪夢は二度とごめんだ。

2014年1月27日 (月)

雑誌「民藝」

日本民芸協会の機関誌「民藝 THE MINGEI」。

1952年(昭和27年)に創刊され、現在はなんと733号を数えるらしい。

10冊ほどの在庫だった「民藝 THE MINGEI」バックナンバーが

先週、いっきに、100冊以上になった。

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表紙写真には、無名の工芸品や諸外国の逸品も含めて、どれもはっとする作品が選ばれている。

文化、民俗、多岐にわたって、工芸に関連する深い考察が集められていて

60余頁の薄い冊子とは思えない豊かで切れ味のいい内容だ。

柳宗悦、棟方志功、外村吉之介、B・リーチ、浜田庄司、大原総一郎、水尾比呂志、他の

見識高い方々の寄稿には

民芸の美の世界を牽引してきた大きな志と知力を感じる。

「民」や「芸」のうわべをかすっただけの「まがい」の、

いわゆるミンゲイ調が歓迎された時期もあって、

安易に作られる粗悪なものまでを「みんげい」と呼んでしまう傾向が続いた。

浅薄で純度の低いものは、民芸の強さ、美しさからは程遠い。

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健やかなる美とは、

用の美とは、何だろう、、、、。

柳宗悦の遺稿(1935年)「工芸美術家に告ぐ」に、

こんな光る言葉があった。

「諸君よ、驚いてはいけない。職人の作より美しい作を作り得た工芸家は

ひとりだってこの世にゐないのである。」

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昭和48年、北九州市八幡に「九州民芸村」ができ、様々な職人の工房が設けられたとき、

ものづくりに対する前向きな流れが始まったように感じ、胸が躍った記憶がある。

丁寧に作られた職人の仕事を、心から尊敬していた。

「つくしぎゃらりー」で母が少しずつ買い求めて

家で使っていた家具や織物、陶芸品などの民芸品はどれも美しかった。

そして、どれも驚くほど長く使えるものばかり。

今は幼女に戻っている母だけど、きちんと美しいものを選ぶひとだったんだな。

book

昭和40年代からの「民藝 THE MINGEI」 の記事から

民芸がなぜ健やかに美しいのか、

無名の作がなぜ生きる力をくれるのか、

改めて読み解いてみたい気がする。

2013年11月30日 (土)

辻井喬 逝く。

私はこの人の詩が好きだった。

11月25日に、86歳で没した辻井喬(1927~)のこころの水面は、その最期に凪いでいたのだろうか。

複雑な出自の運命を背負い、豪放な父を呪い、血脈と闘い、

西武・セゾン・無印、その他の事業経営に手腕を発揮しながら、

同時に、詩人、文学家としての多重な人生を真摯に生きた繊細な男(ひと)。

デザインやアートが一番面白かった70~80年代と、西武が拓いた文化事業とは切り離せない。

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book 辻井喬詩集 (1967思潮社) 小説も好きだが、

詩は、特別に深い孤独が滲みでている作品ばかりで、共震することが多い。

「白い馬」 

いつもくる 昼と夜の交代の時刻 

街に静寂が落ち 

車の流れが途絶えると 

僕は見てしまうのだ 

一頭の白い馬が やがて 

ゆっくりと立去るのを 

(中略)

誰か私に教えてほしいのだ

一瞬の静寂に

語りかける樹木も 落ちてくる日射しもなく

レモンの香りだけが

亡霊のようにビルの壁を這う時刻

白い馬の血統と原産地を

僕の幻の馬の行方を

・・・・・

あとがきに、40歳の彼はこう書いた。

「私の場合、詩を書くという動作は、自分の腐蝕度を検査することである。」

一族に渦巻く相克の嵐のなかで生きる男が渇望し、吐き続けたものが文学であり、

奔る力で、重荷を振り切れるものなのか、澄んだ世界を構築しながら、

もうひとりの自分を見つめたのだろう。

この詩集には幸いにも、彼の署名があった。

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東大時代に共産党に入党しながら、

のちに経営者にならざるを得ない宿命を背負った堤家の男だった。

時代から逃げなかった事業家。

だが、詩人・作家 辻井喬 として記憶し続けたい。

最近は、原発問題や、特定秘密保護法案についても積極的に意見を表して

25日に特定秘密保護法案の廃案を求める声明文を出していた。(「世界平和アピール七人委員会」より)

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40年以上前、古本屋で買った堤邦子という作家の「流浪の人」のシャープな文体が気に入って

当時、発行元に著者について問い合わせの手紙を送ったことがあった。

「詳細、所在など全く不明。」。。との回答が来て、

「なぜ?」と、その背景の不自然さに首をかしげた違和感はいまだに忘れられない。

長いときが経った後、辻井喬の、パリに棲んでいた妹であったことを知ったが、

才気あふれる数奇な破綻人生を送った女性だったようだ。

・・・その本がもう手許に無いのが残念。

memo

2013年10月31日 (木)

「加藤廣行詩集」

私はこの詩人について、同年だということ以外、全くなんの予備知識もないまま、

これまで3冊の彼の詩集を、読んだことになる。

10月に発刊されたばかりの最新詩集 「歌のかけら 星の杯」 (竹林館)を読んだ。

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そのなかから・・・。

除目』

 (前略)

 こんな晩はただ感情を外套で包むのが基本であるが 

先手を打たれないように 

もうひとつ先まで行って 

吹雪の中を歩くのも一法 

気がつけば不細工な野っ原じゃないか 

まるで読めない古い本 

吹き付ける言葉を顔面に受けて 

滲む血をぬぐわず 

遠い灯は遠いままだと確かめながら 

(後略)

book

『剪定』

休みの日には休む家

休みを休んだ証拠の身形(みなり)

使い慣れたる鋏を腰に

蜘蛛の巣をかき分けて小さい林に入る

近くて遠い頭蓋の奥

鶯が一日中鳴いているのを追いかけて

余分な感情を斬り落とす

枝から枝への透明な道を真っ直ぐにする

(後略)

3冊の詩集のどの詩にも

オトコの持つ潔い匂いをさせて、太くまっすぐに言葉が選ばれている。

だらだら引きずったもののない詩。

筋肉質の体躯が

無数の言の葉が繁った果樹へするすると登り、

余計な枝には目もくれず、

ほどよく色づいた実やらしっかり育った葉だけを、すばやく背籠に摘みとっている様子が目に浮かぶ。

その行為の最中には、

枝から突き出たトゲに負傷し、樹液の毒に立ち眩んだりもしているのだろうが、

加藤廣行は、それに気づかないふりもするはずだ。

そして、

地上に降りた彼は

鮮度の良い言の葉たちを、かたちよく

さぁ、俺の言葉の皿盛りだ、と

熟練の果樹園園丁か、

頑固な料理職人のように、

詩にして、差し出すのだろう。

・・・ごちそうさま。 

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 book これら3冊の詩集の装幀は

すべてデザイナーの犬塚達美氏による。

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